哲学

感情と勘定の、
環状。

生成AIによって、数えられるものは道具さえ整えれば手に入るようになりました。希少になったのは、その外側にあるものです。心が躍る創造と、計画になかった出会い。当社は、その2つを数えられるものと重ねたまま持ち続けることを、考え方の中心に置いています。

数字をそろえること自体は、もう強みになりません

かつては、数値を持っていること自体が会社の力でした。数値をそろえるには、まず経営者が、どの数字を見るかを時間をかけて選ぶ必要がありました。そのうえで集計に人手と日数をあて、分析ができる人材を採用と育成の両方で確保しなければなりませんでした。

いまは、指標の計算式も、集計の仕組みも、分析の下書きも、生成AIとデータ基盤があれば作れます。同じ道具は競合も手に入れられるので、数値を持っているだけでは、差がつかなくなりました。経営者の手元に残るのは、何を測り、何を測らないかの判断です。そして、測らないと決めた側にこそ、いま手に入りにくいものが残っています。心が躍る創造と、計画になかった出会いの2つです。

心が躍る創造

生成AIが速いのは、すでにあるものを組み替える作業です。過去の事例を集めて平均を出し、確からしい案を並べます。この作業は、数える作業の延長にあります。

ところが、事業を次の段階へ進める案は、その平均の外に出ます。なぜその案なのかを数値では説明できないのに、聞いた社員の顔つきが変わり、翌週には手が動きはじめる。そういう案は、過去の事例を集めて平均を取る手順からは出てきません。

こうした案を出すのは人です。根拠は作った人の中にしかなく、書き出しても、読んだ他人が同じ案にたどり着く形にはなりません。根拠が本人の中にしかない案は、何を作るかを言葉で書き出せません。書き出せないものは、生成AIに任せようがありません。

計画になかった出会い

年度の計画に書けるのは、すでに形になったものだけです。売上と原価と人員が並び、まだ形になっていないものはそこに載りません。

ところが後から振り返ると、その年の結果を左右したのが、計画になかった出会いだったということがあります。紹介された相手がたまたま同じ課題を抱えていた。展示会で聞いた一言から製品の使い道が変わった。どちらも狙って起こせるものではありません。

起きたときに生かせるかどうかは、会社によって分かれます。計画の達成率だけを見ている会社は、達成率の欄に書けない出会いを、関係のないものとして手元から捨てます。顧客の言葉や社員の反応を普段から見ている会社は、同じ出会いを次の一手に使います。計画の欄に書けない出会いを捨てるか、次の一手に使うか。この差が、数えられないものを手放さない理由です。

感情と勘定と環状という言葉

心が躍る創造も、計画になかった出会いも、数値にできないのではありません。数値にした時点で、扱いたかった中身のほうが抜けます。当社は、そうしたものを扱う言葉づかいを感情と呼び、誰が見ても同じ結論になる形を扱う言葉づかいを勘定と呼びます。その2つが重なったまま保たれている状態を、環状と呼びます。

キルケゴールは『死に至る病』(1849年)で、自己を、2つのものの関係そのものではなく、その関係が自分自身に関係することだと説明しました。環状も、状態ではなく働きです。感情と勘定が重なっている状態そのものではなく、経営者が判断のたびに、その重なりを保ち直している働きのほうを指します。

感情勘定環状
感情と勘定の重なりが、保たれている状態。
感情だけ属人化 勘定だけ形骸化
重なりが外れ、どちらか片方だけになった状態。

片方だけに頼った経営

感情の側だけに頼る経営には、速さがあります。経営者は現場の細かい変化に気づき、顧客の関心の強さを捉え、その場で決めます。経営者が下す判断は、しばしば正しいものです。

その速さと引き換えに、何を決め、何を決めずに残したかが記録に残りません。根拠は本人の中にしかなく、判断そのものも書き留められないので、その人が退任すれば判断の履歴ごと消えます。

勘定の側だけに頼る経営は、見た目が整っています。会社は指標を定義し、数値を毎週更新します。ただ、そこに並ぶ数値は、過去の誰かが測ると決めた項目にすぎません。事業が変われば、その項目が何を表していたのかが分からなくなり、更新の手間だけが残ります。

数値に置き換えきらないという扱い方

環状は、数えられないものを数値へ置き換えきったところでは成り立ちません。置き換えきった時点で、感情は勘定に吸収されます。重なりを保つ会社は、数えられないものを数えられないまま扱い続けます。

数えられないものの多くは、どちらに転ぶかまだ決まっていない事柄でもあります。芽の段階の案や、続くかどうか分からない縁は、早く片付けたくて数値に置き換えたくなります。しかし白黒を付けた時点で、選べたはずの道が消えます。白黒を付けずに抱え続けることも、判断のひとつです。

実務では、何を数値で扱わないかを先に決めます。決めないまま置いておけば、扱いやすいものから順に数値へ置き換わり、重なりは外れます。

「経営の芸術、芸術の経営」という標語

経営の芸術とは、数えられないものを、数えられないまま扱う判断です。この判断には形式がなく、根拠を外に示せません。それでも経営者は下すことになります。

芸術の経営とは、その判断をそのつど書き留め、何を決め、何を決めずに残したかを組織の記録にする運用です。書き留めるのは判断の内容であって、根拠ではありません。根拠は書けませんが、判断の履歴なら、誰が読んでも同じものを指します。

2つの間に上下はありません。残った履歴は、次の判断を前の判断と突き合わせる材料になり、判断の側もその材料を使って下されます。判断が感情の側に、運用が勘定の側に立ち、どちらも他方に置き換わらないことで、重なりが保たれます。

だから、面談は人が話します

生成AIは案を出しますが、決めるところまでは進みません。決めた記録を組織に残すことも、3年後にその記録を持ち出して前の判断と突き合わせることも、人の側に残ります。当社が売っているのは案ではなく、決めた記録が積み上がる状態です。

だから月1回の面談は、代表本人が話します。チャットで代えることはしません。感情の側は、人と人が話す場でしか動かないからです。

だから、作品を持っています

数えられないものが人の側に残るなら、それを扱う側に自分も立っていなければ、言っていることが嘘になります。当社は温泉宿を舞台とする連載小説を執筆し、編集しています(the-yohaku.com)。経営の芸術と、芸術の経営。その両方を自分の手で持っていることが、この会社の考え方の証明です。

社名のnullは、まだ何も決まっていない状態を指します

0でも、空欄でもなく、値がまだ存在しない状態です。白と黒のあいだにあって、まだどちらとも決まっていない領域です。当社は、その領域に判断の基準をつくることを仕事にしています。

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